鴨林敏美氏画 (昭和30年頃)
槇峰及びその周辺を色鮮やかに画面に画き出した実に鮮やかである。梁崎の鉄橋、槇峰駅と積込道索道、社宅群、橋と事務所、ダム等槙峰の総てを描写し見れば見るほど味のある絵である。
鴨林 は病気で早逝した。鴨源で有名だった槇峰で有名な一杯飲み屋の後取り息子だった。今は廃墟になっている。閉山、山を閉じるという現実は、こんなに淋しいみじめな社会環境にするものであろうか5000人の集団は100分の1になっている。企業集団、集落、この人間生活、人が生きるということがいかに尊いものであるかを知らされるものである。
(鉱山史より)